阿里山森林鉄道

阿里山森林鉄道は、下関(馬関)条約により日本に割譲された台湾に調査隊が派遣され、1896年に阿里山の原始林が発見されたことに始まります。

一方で阿里山世界遺産協会によると、この地域の価値としては、鉄道のみならず、台湾ヒノキに代表される森林があり、林業によって台湾や日本、そして世界へと輸出されていった一連の過程が今なお残されている点であるとしています。

具体的には、阿里山の檜が生い茂る「檜林区」、それを鉄道で運搬した「鉄道区」、そして木材として加工した嘉義市の「産業区」の3つに大別され、檜が林業として活用されるまでの一連の流れが「文化的な景観」として形作っているというのです。

そしてもちろん、鉄道が敷かれる20世紀よりも以前、ツォウ族が阿里山山麓の一帯に住んでいた歴史も忘れてはなりません。

◆阿里山の森林

それでは、阿里山の森林はどのような特徴があるのでしょうか。阿里山森林鉄道による林業の歴史よりも古い情報、特に自然としての森林については、日本語の資料ではそう多くは公表されていないようです。

台湾の文化資産局の情報によると、海抜2216mの阿里山は、中新世後期の層に属しており、玉山・雪山と比べるとこの地域の中では地質学的には最も若い山脈で、約1000万年前に作られたそうです。阿里山山脈には南北に走る断層と東西に走る断層の両方があり、険しい崖や滝が生まれたそうです。阿里山山脈最高峰の大塔山は傾斜が急で険しい上、断層の崖は草木も生えておらず、雄大で美しい風景を擁しています。

この大塔山はツォウ族にとっては、祖先の魂が眠る場所だとして崇められ、阿里山を伝統的な狩猟の場とする一方、祖先の魂を冒涜しないよう、大塔山には決して近づきません。阿里山郷 楽野村には、現在のツォウ族に嫁いだ日本人もおり、当会でもツォウ族の現在の暮らしや、蛍の光あふれる美しい森の紹介をいただきました。

阿里山に生息する動物は、哺乳類19種、鳥類75種、両生類8種、チョウ194種等といった生態系を持ち、平地から海抜800メートルの独立山一帯はガジュマルや竹が主に生息し、海抜1800メートルあたりで、クスノキやスギなどが見られます。そして海抜3000メートルまで、主にベニヒ、ヒノキ、タイワンスギなどが広がるのです。

◆阿里山における林業

阿里山鉄道は1906年に「藤田組」が着工し、同年嘉義駅から竹崎駅までの14.2kmが開通したが、棲蘭山の檜の発見等により、経営上中断し、1910年に台湾総督府が工事を引き継ぎ再開、1912年に二万坪までの66.8kmが開通、そして1914年には沼の平(現在阿里山駅)までの71.4kmが開通しました。

台湾の林業自然保護署の情報によると、鉄道の開通に伴い、当時の営林機関の建築規模は日に日に拡大し、林業事務庁舎、営林倶楽部、製材所、東南アジア初の火力発電施設が相次いで完成したそうです。森林の伐採は、阿里山森林鉄路で嘉義の「杉池」まで運ばれ、この池は当時、東南アジア最大規模の貯木池でした。嘉義は林業の繁栄により、当時は「木材都市」と呼ばれ、現在の林森路は当時の「木材街」。周辺の営林機関が密集している場所は「檜町」と呼ばれます。

こうした林業としての一連の整備が整い、1945年まで伐採が続いた結果、現在では千年以上の巨木はほとんど失われてしまったとされています。

阿里山の檜は、日本の本土においても神社建築材を中心に建材として使われることになりました。なお、日本の本土で使われたのはその一部であり、台湾における家屋や海外にも輸出されていたとする分析もあります。

なおこの時、ただ伐採しただけではなく、平行して造林も進められました。現地での植栽試験の結果、初期成長が最も優れていた日本原産のスギが選ばれ、伐採地に積極的に植えられたようです。ただ、スギの植林をして伐採を始めると、成長が早く年輪幅が広くなってしまい、加えて心材色が黒くなるという問題も発生しました。そこで、外来種から在来種への樹種転換が図られるようになり、近年になって阿里山でもスギを伐採してベニヒノキに改植する動きが出てきています。

当会でも2023年7月、阿里山世界遺産協会との協力のもと、失われた森の再生のため、苗木を植える活動を行いました。詳細はこちら

◆世界の鉄道と比較!阿里山鉄道の特徴とは?

阿里山森林鉄道は、ヒマラヤの麓を走るダージリン・ヒマラヤ鉄道、ペルーのマチュピチュへ至るペルーレイルと並び称される「世界3大登山鉄道」と言われています。また、ダージリン・ヒマラヤ鉄道を含め、世界遺産に登録されている鉄道等と比べると、どんな特徴があるのでしょうか。

(1)複雑なスパイラルループ線

2008年に世界遺産に登録されたスイスのレーテッシュ鉄道ベルニナ線の見どころのひとつに「オープンループ線」があります。登山口の手前でぐるっと1回転して高度をアップするのですが、阿里山森林鉄道のループは、何と3回転1ひねり!もする「スパイラルループ」を描いているのです。

(2) 世界最多の4回連続スイッチバック

スイッチバック(Z字型登山方式)は、列車が折り返し地点で進行方向を変え、山肌をジグザグに登る(下りる)線路のことです。

1999年に世界遺産に登録されたインドのダージリン・ヒマラヤ鉄道には、こうしたスイッチバックが6ヶ所あるものの、実は連続していません。一方の阿里山森林鉄道は4ヶ所連続だけでなく、休線も加えると5ヶ所連続!世界最多と言えるでしょう。

(3) 特殊な構造の機関車導入

2005年に世界遺産に登録されたニルギリ山岳鉄道では、車両の中央に車輪と連動して回転する歯車があり、線路の中央に敷設された歯型のレール(=ラックレール)にかみ合わせることで急勾配を上り下りできる機関車を導入しています。

阿里山森林鉄道では、急勾配・急カーブに対応すべく「シェイ式蒸気機関車」が導入されています。実は普通の蒸気機関車は、機関車の前方の左右にあるシリンダーのピストン運動を直接動輪に伝達して走るため、急カーブには対応できません。それに対し、このシェイ式蒸気機関車のシリンダーは機関車中央部の片側にあり、ピストン運動を回転運動に変え、伸縮する接手と歯車で動輪に伝達します。伸縮する接手と歯車を使うことで動輪も車体固定ではなく、電車の台車のように急カーブや急勾配にも対応できるのです。

鉄道名路線長高低差ループスイッチバック特殊な機関車
阿里山森林鉄道71.4km2,186m
ゼメリング鉄道41.8km460m
ダージリンヒマラヤ鉄道88km2,144m
ニルギリ山岳鉄道45.8km2,019m
カールカーシムラー鉄道96km1,420m
レーテッシュ鉄道128km1,824m
■世界遺産に登録された鉄道の特徴との比較

◆森林レクリエーションと観光活用

再び、台湾の林業自然保護署の情報に戻ると、1964年の阿里山の林業事業者がひと段落を迎えたことを告げ、嘉義市の製材業も少しずつ廃れていったそうです。100年近くの歴史を持つ林業関連の遺産が、嘉義市の林業の発展と衰退を表しているのです。そして今ではその歴史を地域の資産、価値として保存し、観光や教育に活用する動きが出ています。

その一つの現れとして、阿里山鉄道は今では観光列車として親しまれています。それもそのはず、阿里山鉄道は全長70キロ余りを4時間近くかけて走ります。上に述べた高度による植生の変化を車窓で確かめながら、途中途中の小さな駅舎を眺め、そして嘉義の街中の路地裏を通る・・そんな車窓の移り変わりを体験することができるのです。

※ただし2009年8月の台風(八八水害)で多くの施設が崩壊、現在は嘉義から一部の区間のみの運行となっています。

◇阿里山世界遺産協会より、『産業区』にあたる嘉義の製材所についての案内動画をいただいています!

当会主催「楽習会」「視察」等における、上記候補地に関わるレポート