活動報告

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【報告】8/8-10実施 ミニスタディツアー 佐渡島(佐渡島の金山)に行ってきました!

2026年8月8日から3日間、世界遺産「佐渡島の金山」の視察と、佐渡における台湾との関わりを求めて、理事や会員約10名で佐渡島に訪問しました。視察のポイントは、

①国内27か所の世界遺産のうち、日本の世界遺産条約締結直後は国の一本釣り、その後は自治体からの推薦で決まっていきましたが、ここ佐渡島の金山は民間の研究者や地元議員からなる保存団体の推進によって始まりました。台湾の候補地で活躍する民間団体の助けとなればと、佐渡の保存団体による勉強会を行いました。

②佐渡の出身で台湾で活躍された山本悌二郎(台湾製糖の創始者のひとり)氏を巡って、佐渡に残る山本氏の銅像や別荘を訪問しました。

③山本悌二郎の銅像をきっかけに佐渡と高雄の親交に大きく寄与した、若林素子氏が主催するイベントに参加し、このイベントのために来島した高雄をはじめとする行政・学校関係者と懇親し、当会の活動を広報しました。

《主な行程》

8月8日(土)佐渡両津港集合→佐渡金銀山ガイダンス施設「きらりうむ佐渡」→金山坑道見学→北沢浮遊選鉱場跡

8月9日(日)たらい舟体験→山本悌二郎別邸見学→宿根木の町並散策→“「佐渡島の金山」を未来につなぐ会”との意見交換→日台交流イベントの鑑賞→懇親会

8月10日(月)学校を改築した酒蔵見学→山本悌二郎銅像にて若林氏からの解説→大膳神社見学→トキの森公園見学

佐渡島の金山 ミニスタディツアー  若林氏による台湾関係者との懇親会 2026年8月9日

<世界遺産「佐渡島の金山」関連>

”佐渡金銀山ガイダンス施設「きらりうむ佐渡」”

一行はまず、相川地域に向かい、世界遺産としての金山の価値を理解すべく、当該センターを訪問。主に映像を中心に理解を深めながら、要所要所で佐渡市の世界遺産係の職員 市川氏より説明を受けました。

映像はまず、江戸時代、佐渡は天領として幕府により(現在でいう行政主導で)金山が開発されることで、世界を支えた金(銀・銅)の鉱山として発展した歴史の説明があった。次に間歩の成り立ちや鉱山町の発展、そして金の産出から小判づくりの過程、最後に明治以降の近代的な開発について解説がありました。

市川氏の説明によると、世界遺産としての金山の価値は、平安時代~昭和の閉山に至るまでの長い歴史の中で、主に江戸時代に焦点を当て、世界中の鉱山が近代的な機械によって開発されていた中で、手掘りや大流しという水を用いた手作業で大量生産、高品質の金を得たことが普遍的価値であるとのことでした。

”史跡佐渡金山”

その後一行は、その説明の証拠を見るため、車で10分ほど山に向かい、実際に世界遺産の構成資産の中心である坑道に向かいました。

坑道では、今回3日間佐渡で随行した、佐渡市に出向中の飯島アドバイザーから解説を受けながら歩きました。真夏にも関わらず坑道内は10℃近い涼しい気温が保たれており、江戸時代の坑道、道遊の割戸、そして明治以降の機械工場や開発された坑道を通り、約1時間を過ごしました。

飯島氏によると、坑道は明治に国から民間事業者(三菱合資会社)に払下げとなった後も開発が続き、鉱山としての閉山後、現在は三菱マテリアルのグループ会社である「(株)ゴールデン佐渡」が所有となって世界遺産登録前から観光開発をしているとのことです。界遺産としては、出向中の佐渡市だけでなく新潟県、そして文化庁や外務省等の国と連携して、ユネスコと協議・報告しながら価値の周知や活用を進めているとのことでした。

”北沢浮遊選鉱場跡”

金山の麓には、明治時代以降に開発された鉱石の精錬所等の施設が、荒廃して緑が広がった、美しい廃墟のように佇む工場跡地がありました。参加者の中にはここが目的の一つとして佐渡に来たという方もいるほど、佐渡のシンボルにもなっているようです。

飯島氏によると、現在は佐渡市の観光部局で夜のライトアップを行っていることもあり、年々観光客が増えているとのことです。また、隣の相川技能伝承館にて、鉱山の土を使って造られる伝統工芸である「無名異焼」による陶芸や、古布を再利用した「裂き織り」は鉱山労働者の保護着として使っていたとする話もありました。

“「佐渡島の金山」を未来につなぐ会”

小木地域の公民館を借りて、佐渡の金山を世界遺産登録に繋げた発起人の一人である、中野洸氏(元新潟県議会議員、現 佐渡島の金山を未来につなぐ会の会長)らと面会し、勉強会を実施しました。

中野会長は、1996年に石見銀山が暫定リスト入りすることを受け、同じく佐渡出身で石見銀山の調査をされていた鉱山史学者の田中圭一先生に相談を持ち掛けたそうです。

1997年に「世界文化遺産を考える会」設立、中野会長は県議会議員であったことから佐渡の市町の首長を説得に尽力。2004年に現在の一市である佐渡市に合併後も尽力され、新潟県に世界遺産室を設置する機運に繋がり、県議連が発足し、中野会長は議連の会長に就任しました。

その後市や国も議連を作り、民間から政治に働きかけを進めていき、見事世界遺産登録に繋がったようです。

佐渡島の金山 ミニスタディツアー 「佐渡島の金山」を未来につなぐ会 との意見交換 2026年8月8日

<山本悌二郎関係>

”山本悌二郎 別邸”

佐渡の南西の小木地域には、矢島・経島という、1300万年前に海底火山活動による、大量の溶岩や火山からの噴出物が堆積した小島があり、ジオパークのジオサイトでもあり、たらい舟の観光スポットがあります。

そして経島には明治初期に佐渡出身で農林大臣まで出世した山本氏の別荘があります。

山本氏はドイツで学んだあとは1900年に台湾に台湾製糖(のちの三井製糖)の設立に参画し、1902年に同社の最初の工場(橋仔頭工場:現在は博物館)が高雄で操業、1925年には同社社長も務めます。この頃日本は砂糖消費量の98%を輸入に頼っていたとされ、民政長官であった後藤新平は、台湾政策の中心の一つに糖業奨励を推進することにした背景があり、台湾に近代式の製糖会社を設立することを目指し、国の補助金を受けて三井物産が台湾製糖を設立したのです。

ところで今回の視察では会員の鳥居氏が参加していましたが、彼の祖父、鳥居信平氏は山本氏と大きな関わりを持っていました。

鳥居信平氏は静岡出身で、東京帝国大学農科大学を卒業後、農商務省などを経て、1914年に農業土木の専門家として台湾製糖へ入社します。最初に実施したのは、社有地の農場を対象とした灌漑排水事業で、その収量増大に貢献しました。

この業績もあってか、1918年に山本悌二郎がジャワを訪問した際に、その随伴員として鳥居信平氏が同行することになり、ジャワの水利施設、農業施設をくまなく見学することが出来たとされ、これが両者の関係性が示される初めての記録となります。

その後、鳥居信平氏は1923年、屏東県に二峯圳(地下ダム)を整備し、山本氏も訪問した記録が残されています。なお、この地下ダムは、山本社長の雅号「二峯」から「二峯圳(にほうしゅう)」と命名されたのですが、この二峰とは、読んで字のごとく2つの峯、つまり山本氏の故郷である佐渡を示したと言われています。

そして台湾製糖は1920年には高雄にあった本社が屏東に移転し、東京支社が麹町に置かれて発展し、そして台湾の土壌も開墾されていきました。これらの成功は山本悌二郎と鳥居信平、二人の活躍があってこそのものです。

今回、そんな一連の話を、別邸の管理人とともに、鳥居信平の孫を交えて話ができたことは、とても運命的なものを感じざるを得ませんでした

佐渡島の金山 ミニスタディツアー 山本悌二郎の別邸にて 2026年8月9日

”山本悌二郎 銅像”

真野地域にある真野御陵には、山本氏の記念碑が置かれていました。この記念碑はかつてあった銅像のレプリカなのだそうです。今回、この銅像を巡って、日本と台湾の交流に大きな貢献をなされた若林素子氏から話を伺うことができました。

2009年、台湾の著名な彫刻家である”黄土水”の作品を研究されていた方が、佐渡に山本氏の銅像があることを突き止め、それも含めて黄土水氏に関する学術論文を発表しました。その論文を台湾の高校教師の目に留まり、2017年の春、高校生をつれて佐渡に来ることになり、若林氏に連絡をとりました。

若林氏はその時に初めて、黄土水氏のこと、そして山本氏の銅像が佐渡にあることを知り、驚きを隠せませんでした。なぜなら、彼女の父が雲林県虎尾の製糖工場で勤務していた関係で、若林氏自身が幼少の頃過ごしたサトウキビ畑と高雄市の橋頭製糖工場にあったはずの銅像を子供ながらに記憶しており、同じものだったからです。

なぜ高雄にあった銅像が佐渡に?

山本氏の話に戻りますが、1925年に社長に就任したあとは、1927年に農林大臣に任命されたことで台湾製糖を去ることになります。この時、東京で活躍されていた黄土水氏が山本氏の銅像を製作され、1927年制作の銅像として高雄の橋仔頭工場の正面玄関に設置されます。

この銅像は台湾が蒋介石政権となった1960年に日本に返還され、その後「山本悌二郎先生顕彰会」の働きにより真野公園に移設されたそうです。

若林氏にとってのこの運命的な再会を機に、若林氏は、銅像が日本と台湾の交流の懸け橋になること、そして本来あるべき高雄に戻すべきだと考えました。そして台湾国立美術館と台湾文化省、駐日代表処をはじめ、日本側は佐渡市や学識者の力添えを得て、ついに2022年に、高雄市と佐渡市を動かして銅像は高雄へ帰還することとなりました。

なお現在の佐渡の真野公園には、銅像のレプリカが置かれています。

佐渡島の金山 ミニスタディツアー  山本悌二郎の銅像前にて若林と 2026年8月10日

若林氏が運営するスタジオPALは今年で創立40周年を迎え、この8月9日にこれを記念した日台交流ダンスイベントが開催されました。

開催場所は佐渡で最も大きいホールであるアミューズメント佐渡で、ダンスを披露したのは卒業生を含む生徒約140人、そして台湾からも多くのダンサーが来訪しました。もちろん観客も佐渡市民のみならず高雄市をはじめ台湾中の学校の先生や生徒たちが訪れ、若林氏が描いたとおり、銅像やダンスを通じて日本と台湾の交流の懸け橋となっていることを感じました。

佐渡市に勤務する飯島氏の話によると、8月7日には佐渡の両津で祭りが開かれていたが、このイベントに合わせて前乗りしていた高雄の学生たちも祭りに参加しており、町内放送でも大きく紹介されていたとのことでした。

飯島氏と若林氏との事前の話し合いを経て、今回ミニスタディツアーの参加者も8月9日のダンスイベントに参加し、夜は若林氏および台湾からの来訪者とともに当会の紹介や交流の機会に恵まれました

佐渡島の金山 ミニスタディツアー  スタジオパル日台湾交流イベント 2026年8月9日
懇親会では当会の紹介をさせていただきました。2026年8月9日

【報告】 平野久美子著「台湾クラフトの旅」新刊発表記念報告会を開催しました

平野久美子 出版講演イベント

小学館から1月29日に発売された平野久美子会長の新刊記念報告会を、当会主催で都内のレンタルスペースで開催しました!

初めに八田代表から平野会長の主な著作や当会の活動などについて述べたあと、平野会長本人から台湾の歴史や文化から生まれたクラフト(工芸品)をテーマにした本の内容や取材エピソードなどを紹介し
てもらいました。

また、会場では実際に工芸品を手に取ってもらいながら、説明や取材の苦労話しなどいただきました。

平野会長「台湾には『世界無形文化遺産級』の伝統行事や工芸や舞踊、歌唱などの伝統芸能がいろいろあるので、当社団としても現場に出向いたり楽習会で取り上げ、広く知らしめる活動をすることも意味があると思う」

書籍については以下をご参照いただき、ご関心ございましたらぜひ手に取ってください!

台湾クラフトへの旅 | 書籍 | 小学館

【報告】7/8-9実施 ミニスタディツアー 飛騨(白川村、御母衣ダム、高山市)に行ってきました!

2024年9月のスタディーツアーで訪れる「烏山頭ダム」と同様のロックフィルダムである御母衣ダムの見学と、白川郷の教育委員会との会合で世界遺産登録経緯、維持保全と観光への活用等の苦労話、そして高山市での学芸員からの町並み保存の歴史など貴重な意見を伺いました。

《主な行程》

7月8日(月)高山駅集合(昼食)→荘川桜公園→御母衣ダム・地下発電所→御母衣旅館(宿泊)

7月9日(日)御母衣旅館出発→白川村訪問・交流会→白川郷散策(昼食)→高山祭屋台会館→古い町並み散策→解散

《荘川桜公園》

 ダム湖に眠ってしまうはずであった樹齢400年以上と言われる老い桜2本を、初代電源開発総裁であった高碕達之介氏は「ダム湖の底に沈めたくない」という思いから、桜博士であった笹部新太郎氏や庭師の丹羽政光氏に要請。心を動かされた両名は移植が大変難しいと言われていた桜の移植を、工事関係者の間組とともに移動距離600m、高低差50m上に移植を行い、見事に桜が蘇っり、それは春には今でも見事な花を咲かせます。

 世界遺産条約誕生のきっかけとなった、アスワンハイダム(エジプト)の建造におけるアブシンベル神殿の移築にも通じる話であり、参加した一同は実物の桜の木を目の前に、深い感銘を受けました。

《御母衣ダム・地下発電所》

 「烏山頭ダム」と同様のロックフィルダムである電源開発㈱所有の「御母衣ダム」と「地下発電所」見学では、御母衣事業所内から地下発電所へ「インクライン」というケーブルカーで地下83mまで下り、普段見ることのできない地下発電所を見学できた貴重な経験でした。

《白川村観光振興課・教育委員会との交流会》

 白川村では、事前に調整により、役場の会議室にて、観光振興課と教育委員会の方々と意見交換の時間を設けました。当会アドバイザーの飯島より「台湾世界遺産登録応援会」の取組みの概要説明の後、白川村から白川郷が世界遺産になったこれまでの経緯、住民の方々が村を誇りに感じられていること、合掌造りの集落保存と観光活用に苦労されている点などを質問形式で伺い、一同大変勉強になりました。また今後、台湾を訪れた際に世界遺産登録に向けて活動されている台湾の団体へのアドバイスの参考にもなりました。

 その後、合掌造りに使用される「萱」の倉庫を特別見学し、萩町の合掌造り集落の案内とともに散策。火災から守る「放水銃」の実物も見せていただけました。地域の宝である合掌造りや自然環境を含めた景観を如何に保存していくか、その努力と観光における課題や対策も説明を受けました。

改めて、白川村役場観光振興課と教育委員会の皆様には、感謝申し上げたい。

《高山祭屋台会館・街並み散策》

 高山市では、これも事前に調整し、ユネスコ無形文化遺産である「高山祭の屋台行事」などを学ぶため、高山市観光課と高山市史編纂に長年尽力された田中学芸員の案内いただきました。

 「高山祭屋台会館」を皮切りに、古い町並みの解説を受けながら、中国の世界遺産で同じく歴史的町並みである「麗江の旧市街」と姉妹都市であること、町並み保存には祭屋台保存会や「屋台組」という組織が重要であること等を学びながら、ゆっくりと最終地点の高山陣屋まで歩きました。

 

【報告】KITTE丸の内にて「台湾新年市」に出店しました!

2月10日(土)~12日(月)の3日間にわたり、東京駅丸の内KITTEビル地下1階にて開催した「台湾新年市」に、当会のブースを出展し、沢山のご来客をお迎えしました!

ブースでは台湾ビールやマンゴージュース、台湾のお弁当として人気の桶等のグッズの販売も好調でしたが、私たちは台湾世界遺産登録応援会として、会場の投影設備を使って2月10日(土)に台湾の鉄道について片木理事が、12日(月・祝)には烏山頭ダムについて八田代表が講演し、一般の方に加え、多くの会員も来場、立席のでる状況となりました。

多くのご来客、誠にありがとうございました!

また、応援にこられた会員の方々、お手伝いいただいたボランティアの方々に、この場を借りて、お礼申し上げます。

Kitte丸の内台湾祭2024年2月2
Kitte丸の内台湾祭2024年2月3
Kitte丸の内台湾祭2024年2月4

当会初のクラウドファンディング「阿里山国立公園ヒノキの植林プロジェクト」へのご協力誠にありがとうございました!

この度当会では、世界遺産登録候補地18ヶ所の中の一つであり、日本統治時代にヒノキの製材開発のために鉄道を敷いた阿里山国立公園において、ヒノキの植林活動への貢献を目的に、クラウドファンディングを実施しました。

その結果、目標の1,500,000円を達成しました!!

本主旨にご賛同いただき、ご支援いただいた方々には、深い感謝の意を込めて以下記名させていただきます。本当にありがとうございました。

※本実施事業の詳細はコチラを参照ください

  • Akamine T(沖縄・日本)
  • 伊藤 永康
  • 宇野 裕美
  • 江成 雅子
  • 大城 智子
  • 小川 英郎
  • 大久保 真理子
  • 大中 英揮
  • 葛西 裕基
  • 片木 裕一
  • 片平 博己
  • 加藤 晴彦
  • 加藤 守宣
  • 株式会社 ルート・アンド・パートナーズ 増渕 達也
  • 株式会社上昇就労継続支援B型事業所クラウド熊本 専務取締役 堀 統(ほりおさむ)
  • (株)AD PLUS・中山 亜矢子
  • 株式会社プロキュア・ジャパン カミヤズ
  • 嶋田 敦子
  • 川崎 悦道
  • 川村 辰子
  • 木平 良史
  • 古宮 孝一
  • 齋藤 毅
  • 桜田 美香
  • 塩野 貴之
  • 清水 一也
  • 清水 淑子
  • 社頭 俊之(ぱんだ隊長)
  • 平 早貴
  • 台湾世界遺産登録応援会 八田 修一
  • 武長 玄次郎
  • 武野 文昭
  • 辻尾 寿彦
  • 塚本 次男・泰子
  • 鄭 明芬
  • 中村 めぐみ
  • 萩谷 東以子
  • 走れケン 
  • HIRONOBU/NISHIOKA
  • Hiromi Sawada
  • 平山 泰生
  • 藤島 俊一
  • 麓 香
  • 三宅 紀
  • 森 基
  • 山本 道代
  • 有限会社YK企画(おうちで台湾)
  • 渡邉 丈修/久子                            以上

(敬称略 あいうえお順)お名前は許可をいただいた上で公開させていただいております。

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ご回答をありがとうございました。 ✨

【報告】阿里山世界遺産協会とオンラインで相互勉強会を実施しました!

7月に実施した阿里山スタディツアーと檜の植樹事業等を通して、当会は阿里山を世界遺産に推し進める民間団体「阿里山世界遺産協会」とお互いに協力して学び合い、その価値を広めていくことを賛同しました。

その際に、阿里山世界遺産協会が伝えたいことは、阿里山森林鉄道とともに、檜の伐採から運搬、そして製材までの一連の過程を「文化的景観」としている点であることを学びました。

そこで今回11月18日に、当会アドバイザーの飯島より「ユネスコの定義する文化的景観」について、日本における石見銀山の登録事例を参考にしながら、より具体的事例を話すとともに、協会からは7月に体験できなかった「阿里山の製材所の歴史」を学ぶ相互勉強会を実施しました。

ご参加いただいた会員の皆様、ありがとうございました。

第三回スタディツアーに行ってきました!

2019年に第二回スタディツアーを開催して以来、コロナによって停滞していましたが、おかげ様で実に4年ぶりに再開することができました!

今回は何といっても台湾の世界遺産候補地である「阿里山森林鉄道」「淡水紅毛城と周辺歴史建築群」の2か所を訪れるという充実した日程であると同時に、これまで以上の地域の団体との交流を深める重要なイベントを行う非常に濃い内容でしたので、ここで簡単にご報告いたします。

~第三回スタディツアーの主旨~

今回のツアーの最大の主旨は、「現地の関係団体との交流」です。

阿里山世界遺産協会:阿里山森林鉄道を世界遺産に登録することを視野に、2018年に設立した団体があります。設立にあたっては嘉義の基金団体や文化協会等の共同で、行政府にも賛同を得られており、文化資産局・嘉義市・林務局などの行政の支援を受けて活動がなされています。

淡水の有識者:淡水の文化と歴史の研究者であり、伝道師でもある社区大学の教授陣をはじめ、学生らでは、地域一体となった関係性が形成されています。

阿里山と淡水、そのどちらにおいても、私たち日本の台湾世界遺産登録応援会の活動をお伝えするとともに、現地側からはこれまでの世界遺産に対する啓蒙活動や、候補地の専門的知見をご教示いただきました。淡水では学生さんからもご質問を頂戴し、活発な意見交換が行われました。

~阿里山における植林活動~

阿里山国立公園の特徴はヒノキの生い茂る大森林。しかし実は1900年代初頭から伐採されはじめ、阿里山鉄道によって運ばれてしまいます。植林も行われたものの、阿里山古来の植物の生態系は、地球の長い歴史の中で見れば、急速に変化しました。そこで、当協会創立10周年記念事業として、「千年未来阿里山御神木林業活動」と題し、台湾と日本が協力して、千年後の阿里山にタイワンヒノキアカヒノキの苗木を植樹し、今後も植樹を続ける行政院農業委員会林業局の林業活動を支援します。

今回、私たちはその第一歩として、植林地域に入り、3本の苗木を植えてまいりました。

また、この植樹事業を記念して、台湾をこよなく愛する日本人陶芸家・大久保麻里子氏によるモニュメント「大切なもの」を製作いただき、阿里山山頂付近の「沼平駅」の改札に飾っていただくことになりました。この作品の意味は、この活動によって表現される千年後の未来であり、台湾の活力であり、ずっと大切にしていく”かけがえのないもの”です。

合言葉は ”We Can Share!”

今回のスタディツアーと連携した一連の活動においては、台北旭日ロータリークラブの協力を得て行われました。今回の訪台はこの会とそして台湾にとっての新たなスタートであり、当会としても今後さらなる交流を深め、台湾の自然や文化の保全、広報に努めていきたいと思います。

合言葉はWe Can Share!

阿里山や淡水では、参加者一同、この合言葉を印字したユネスコカラーのTシャツを着て参加しました。

参加された約30名の会員の皆様、大変お疲れ様でした!!

【報告】6/2 総会+記念講演

当会設立10年目を迎えた第10期総会、およびこれを記念した講演会を実施しました!

本年度は、当社団はその前身である「日本から台湾の世界遺産登録を応援する会」設立から10年目を迎える節目となる年です。

設立当初は非常に小さな団体でしたが、おかげ様で今では会員数も200名を超え、日本全国に11の支部の設立に至りました。

改めて会員皆様のご協力ならびにご支援に感謝申し上げます。

■総会について

これまで会員へのコンテンツとして、会報誌「恵風」の送付や、台湾の魅力ある地域を楽しく学ぶ「楽習会」、そして実際に現地へ行って交流する「スタディツアー」を開催してまいりました。新型コロナウイルスの影響を受け、なかなか現地に行く機会も創出できなかったこともありましたが、これからの10年は台湾支部との協働により、現地との交流機会を増やし、日本での活動をまずは台湾全土、そしてさらには広く国際社会に周知すべく活動してまいります。

本総会では、オンライン参加を含め37名、議決権行使11名、委任177名で、定款上の定数を満たし、総会は有効に成立致しました。

■記念講演について

設立10周年記念に相応しい講演会として、今回は2本立てで進行しました。

講演1.当会 台湾支部長 辛正仁より

『本会創立10周年記念行事「阿里山に千年後の神木を植樹しよう!』

と題し、7月に世界遺産候補地「阿里山」にて執り行う記念行事の事前案内をいたしました。また、辛支部長は初代代表理事でもあり、設立当初からの取組や苦労も含めて、この会への熱い想いを語っていただきました。

講演2.鳴門教育大学教授 金野誠志様より

『新北市の世界遺産教育とその目的-2016年國中教材に視点を当てて』

と題し、世界遺産登録の無い台湾の学校教育において、どのように世界遺産教育がなされ、どのように地域での理解浸透がなされているのか、ご研究されてきた内容についてご紹介いただきました。そこには世界遺産のない台湾だからこそ客観的な事実に基づいて表記された教科書であったり、当会の進むべき方向性についても重要なご示唆を頂戴いたしました。

会員皆さまへ>>次の10年に向けて、当会の活動領域を広げるべく精進してまいります。今後の飛躍にご期待ください!

【報告】國學院大學を訪問しました

八田代表理事が國學院大學の西村幸夫教授を訪問し、意見交換を致しました。

 

西村幸夫氏は、2001年に台湾政府機関とともに、台湾の世界遺産候補地を検討された日本人の一人です。2002年までの間に西村先生を含めたメンバーでの候補地は、11地域にのぼるとされ、その後台湾政府より追加等の更新がなされ、現在の18ヵ所になりました。

この日は当社団設立10年を迎え、次の10年を見据えた活動方針について、八田代表理事および飯島相談役の2名で國學院大學の研究室をご訪問し、意見交換および活動方針への御助言をいただきました。

 

 

國學院大學にて
國學院大學にて八田代表理事と
國學院大學にて飯島相談役と

【報告】6/28 総会+7/11楽習会

当会初のオンライン総会並びに楽習会を開催しました!

コロナウイルスによって延期に延期を重ねてまいりましたが、技術の進歩もあって、この度は当会においてはじめて、オンラインという形で実施することができました。

ご参加いただいた皆様、大変ありがとうございました。また理事皆様におかれましては大変お疲れ様でした。

■6/28に開催いたしました定時総会では、参加が困難であった方々もいらっしゃりましたが、

オンライン参加を含め15名、議決権行使12名、委任68名で、総社員数96名の過半数となったので総会は成立致しました。一部ご質問や確認事項はありましたが、すべての議案で承認されました。

■7/11に開催いたしました第6回楽習会「淡水の紅毛城とマカイ博士の残した軌跡」については会場10名、オンライン20名の計30名の会員にご参加いただきました。

今後も会としましては、オンラインも含めて活動の幅を広げてまいる所存です。

詳細は別途告知致しますが、8月には国立ハンセン病資料館の見学遠足、10月末には淡水と楽生院を含めたスタディツアーも予定しておりますので、引き続きご期待くださいませ!

それでは皆様、今後とも当会をよろしくお願い申し上げます。

(飯島記)